飯田水引

伝統ある地場産業

「あわじ結び」をあざやかに実演する関島正浩。

関島正浩 最初に水引をしごくことによって美しい曲線が出てくるとのこと。祝儀袋、結納品、正月飾りなど日本古来の伝統的風習に用いられる「水引」。 南信州の中心都市である飯田市は、全国シェア70%を誇る水引の産地です。水引は、和紙をこより状にした紙ひもに、水に溶かした米糊を塗りつけて換装させ着色したもの。あたかも水をひいたように見えたことから「水引」と呼ばれるようにナットいうのが定説です。

飯田水引 今では飯田といえば水引ですが、髪を結っていた江戸時代、白くて丈夫な飯田の「文七元結」は全国的に人気がありました。水引は元結ほど強度がいらないこともあり、当時水引は元結原紙の端材や劣化紙で作られ、なじみの承認に元結のついてでに売ってもらっていたようです。

水引に込められた想い

出会いが結ぶ「これから」

関島夫妻

結ぶ、結びつくという言葉には心地よい響きがありますね。この仕事をしていると、後になってご縁でつながっていたと感じることがよくあります。水引はまさに人と人を結ぶハッピーアイテムです。昔から日本人は、縁と呼ばれる目に見えない結びつきを大切にしてきました。げんざいでも 何度あってもうれしいお祝いの贈り物には「花結び」、一度きりであってほしい病気見舞いには「結び切り」というように、結びに想いを乗せて使われています。あえて、言葉でなく水引の結びに想いを託すおくゆかしい感性は、これからも伝えていきたい日本人ならではの心遣いです。

Client Testimonials

  • 飯田元結の起源については諸説あるが、飯田藩主堀親昌が殖産興業の一環として昔から和紙作りが盛んであった飯田の飯田和紙に付加価値をつけるため、下級武士や町人・農民に、製造法を習わせたのが始まりと言われている。

    起源
  • 飯田の元結は、もともと品質の優れていることで評価を得ていたが、江戸時代に元結製造が始まった。美濃の国から紙漉き職人の、桜井文七を招き、元結製造に改良を加え丈夫で水にも強い飯田台帳紙を活用した光沢のある丈夫な品を作り出すと「文七元結」として全国にその名を知られるようになった。

    そして
  • 同様の製法で作られる水引は副業に過ぎなかった。明治維新の断髪令により、元結の消費量は少なくなったが、昭和時代になると水引の結び方もさまざまな結び方が開発され金封、結納品、水引細工の生産が増え、現在では全国の70%の水引の生産高となっている。

    明治時代から現代へ

関島 正浩

飯田水引を使った伝統工芸・水引作品を企画・製造する関島水引店の代表者。
手作業による職人技で生み出されるオリジナル水引製品は、定評があり、芸能方面の愛用者が多い。
国内外で水引製作の実演を行っている。

お問い合わせ先

有限会社 関島水引店
長野県飯田市鼎上山2740
電話 0265-22-6622
FAX 0265-52-2215

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